So-net無料ブログ作成

ネパールの地震2015救援活動チャリティーイベントにむけて ネパール回想日記。。。。 [平井サティ・チャリティーイベント]

今回のネパールでの震災の報道も
我が国、日本では少なくなり
今既に忘れられつつな出来事になってます。
どうか、どうか、今しばらくでも
気に留めてください!お願いします!!
私的ですが僕のネパールへの思いです。(再アップ)
長文失礼します。
ネパール回想日記です。
ネパールには今から25年前1990'に初めて行った
当日はマオイストと言う「毛沢東主義者」勢力が暴れまくっていた
時期だった。街には土嚢が積まれちょっとした内戦状態にも感じた。
ダルバールスクエアのクマリゲストハウスに宿を取り

IMG_8474.jpg


その時期、身体の調子を崩し一カ月位そこにお世話になってた。
女主人のミヌは優しくて、ご飯を作ってくれたり買い物や
寒い時期だったので毛布を貸してくれたり。
だいぶ良くなってきた頃、昔取った杵柄の元美容師だった僕は、
ミヌの娘達の髪の毛をお礼も兼ねて可愛く切ってあげた。
それが学校で好評で多分30人位の可愛い子達の
髪の毛を切らせてもらったなぁ。懐かしい。。。
ミヌ、子供達は大丈夫かな。。。
僕の三階の部屋からはダルバールスクエアの交差点が見えてた。
交差点と言っても、ほぼ人とリキシャ(人力車)と牛で
いつもごった返してた。
時々外を眺めてるとよく目が合う少年がいた。

IMG_8475.jpg


彼の名前はロンドン。年の頃は12〜13才位だったと思う。
彼といつしか話すようになり、とてもいい子に感じていたので
カトマンズの観光の案内を彼に頼んでみた。
彼は上手にバスを乗り継ぎ色んな所に連れて行ってくれた。
その行程を僕だけで行こうとしたらきっと迷子になっていただろう、
本当によくやってくれた。
お礼に一緒に少しいいお店に入りご飯を食べようとしたけど
いらないと言う。。。
その時、彼はこう言ってた
「お母さんが身体が悪くてどうしたらいいのか」と。。。
そうくるのは当然分かっていた。
なので気持ちよく騙されてみたよ。
少し多めのお小遣いを握らせた感謝の気持ちを存分に込めて。
彼と過ごせた数日は本当に楽しかった。
年の離れた弟が出来たような。
どこでも手を引いて連れて行ってくれた。
バスでは真っ先に席を取ってくれたり、
お寺の参拝の仕方とか教えてくれたり、
帰りのバスではずっと気を張って疲れてたのか
その寝顔の可愛い事、長いまつげが印象的だったなぁ。
そして彼の目はいつもとても澄んでいた。。。
そしてお別れの時、ポカラに移動する日の朝は
土砂降りの雨が降っていた。彼はいつもの場所にいて
窓から外を眺めた時に目が合った。
冷たい雨に打たれずぶ濡れになってて。。。
ニコニコして立ってる。。。
ロンドンまた会おうね。
BUNいつか日本に行ってみたいよ。
よし!いつか俺が日本を案内するよ。
うん、勉強してお金を稼いできっと日本に行くよ!
待ってるぜ!!ロンドン。。。
生きててくれよ。。。
ネパールの伝説のロックバンド「ナマステバンド」の
リーダーのイソール・グルンも偶然カトマンズのバス停で会った。
移動するバスを一本逃してしまい時間潰しにチャイ屋入ってみた。
そこに一人ニコニコしてこっちを見てる男がいる、
それがイソール。片言の日本語で話し掛けられて妙に怪しかった。
だけど話をしていると最近日本に行って来たと、
アンナプルナバンドと言うメンバーの一員として。。。
えっ!?僕は偶然にもネパールに来る前に
そのアンナプルナバンドのライブを見に行ってた。。。えっ!?。。。
それから12年後の2002年に彼に呼ばれ
シヴァナトゥリーミュージックフェスティバルに
日本代表としてカトマンズ、ポカラでライブツアーを。。。
あの時バスを逃してなかったら。。。
出会いはどこに転がっているやら
そして、そのアンナプルナバンドのメンバーでもあった
バンスリ(竹笛)奏者のインドラ・グルンとも繋がり、
よく恵比寿界隈で一緒にライブを演ったりと。
地元のインドカレー屋グルンはもちろんネパール人、
不思議と沢山のネパールの友達がいる。
しかもグルン族と縁深いのも不思議。
そして今回、ネパールのポカラの女医さんも
Karishma Gurungさん。。。。
カリシュマ・グルンさん。。。。
なんか前世を垣間見た感覚。。。。

それはさておき
明日、明後日のはガツンと演ってみますので
皆さんのご参加と、来れない方は是非にシェア・拡散を
お願いしますm(_ _)m
2015.5/9(土)10(日)ネパールの地震2015救援活動チャリティーイベント @東京都江戸川区・平井エリア

...

共通テーマ:音楽